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いじめられる人

「何故いじめられる人とそうでない人がいるんだろう。

いじめられる人に原因がある、悪いって言う人もいる。」

旦那にそう話すと。

「いじめられる人は絶対悪くない。

 ただ、ターゲットにされる原因はあると思う。」と旦那。

「親や家庭に問題があって、自分に自信が持てない、自分が悪い子だと

思いこんでる子供は、すぐ他人に察知されてしまう。

子供の直感や、観察力はそれを絶対見逃さない。

そういった子がいじめのターゲットになっている。

一方いじめる子は、家庭や自分の生活環境からストレスを過剰に受けていて、

そしてそれを発散できない状態になっている。

親は他人を思いやることを教える前に、その子の能力や才能を向上させることに

一生懸命になっている。

そんな親を持った子が、いじめにストレスのはけ口を求めるじゃないか。

いじめられない子は、親からたっぷり愛情を受けていて、自己肯定感が

育っていて、他人にも愛情を向けられる。

そんな子は、たとえ攻撃されても自分を見失うことなくそれを乗り越えられる。」

と話してくれた。


「私をいじめた奴らをまとめてひっくり返して、さげすんでやりたい。」と旦那に言うと、

旦那は、「ママが、本当に幸せを感じることが、彼らに対する仕返しになると思う。  

どこかで会ったら最高の微笑みを送ることが真の勝利だと思う。」と答えてくれた。


この歳になっても、まだまだいじめのトラウマに苦しめられている。

気にならない、もう過去のことと自分を納得させようとしても、

私をいじめた連中が、のうのうと生きていると思うと、怒りがこみ上げる。

そんな自分に嫌悪感も抱いてしまう。

二重苦だ。







  

いじめのフラバ

突然フラッシュバックした。

私を幼稚園から中学校までいじめ続けた同級生の男子 K。

悪いことにずーっと同じクラスだった。

雨の日は傘で私をたたきまくり、みんなにも同じようにたたくよう指図した。

コンパスを使う授業のでは、コンパスの針で、いろんなところを何回も刺された。



そのKは、次女の同級生の父親だった。

いきなり距離が近くなったような気がして、とても嫌な気分になったのを

覚えている。

一時はどうでもいいやつ、くだらない人間だって思えるようになったんだけど、

やっぱり今も私は苦しい。あの時の痛みや口惜しさがよみがえるたび、

「やっぱりお前は許さん!!」 と怒りがこみ上げる。

思い出した

DV元旦那と結婚していた時、親戚の葬儀に出た。

そこに私を中学高校といじめ続けた女が出席していた。

私を見つけると近づいてきて、

「何? あんたこの人と結婚したの。」と迷惑そうな顔で言うと行ってしまった。

まるで私と親戚になったことが不愉快だと言わんばかりだった。

不愉快なのはこっちの方だと言いたかったが、

いじめ加害者を前にすると体が固まってしまって、不自然になってしまっていた。

この女が後で元旦那に私が学生の頃いじめられていたことを告げたようで、

「おまえ皆に嫌われて、いじめられてたんだ。こりゃおもしれえな。」

と親戚中の目の前で、元旦那に馬鹿にされた。

その後、元旦那の兄弟やそのお嫁さんたちから、

「家にふさわしくない嫁だ」とわざわざ呼びつけられて、叱責を受けた。

また、元旦那の叔父や叔母がアパートに来ては、「恥ずかしい嫁だ」と

文句を言っていった。

兄弟や叔父叔母に連日責められていた時、オリジナルの私は固まって

しまっていて何も話せないでいた。

私の代わりに私から分離した二人の私がいて、その二人が手分けして

その対応をしていた。

オリジナルの私と両脇に二人の私。三人とも喪服を着ていた。

離人症だったのか、乖離だったのか今となってはよくわからないけど、

この二人があたりさわりのない対応をしてくれた。

実際に喪服を着ていたわけではないけど、あの葬儀での出来事が

発端だったからか、イメージの中の私たちは喪服姿だった。

誰も頼る人はなく、味方もいなかった。

自分の分身を作り出すしかなかったのかもしれない。

夏休みが終わると

毎年そうですが、夏休みの終わりが近づくと10代の若者の自殺の

ニュースを多く目にするようになります。

9月1日は18歳以下の自殺者数が、群を抜いて多いそうです。

やはりその背景には「いじめ」の問題があるように思います。

新聞の記事で読んだ遺書の一部に「生きている価値がない」

と言う言葉がありました。

いじめ被害者の多くは、自分には価値がないと思っている人がいます。

私もそうでした。

私をいじめた人たちのほとんどが、「生きている価値はない、死ね。」と

いいました。そう言われ続けると、自分自身「価値のない人間」だと

思いこんでしまいます。

では、子供同士のけんかで同じ言葉を言われても、そう思わない人もいます。

この違いは、愛されて育ったかどうかの違いだと思っています。

「自分は親に愛され、認められ、生きる価値がある。」

心の真ん中に、この核があるか無いかの違いだと思っています。

子供は一番愛されたい、一番認められたい存在である実の親から、

「産むつもりじゃなかった。」「いらなかった。」「邪魔だった。」

と言う破壊的な言葉をかけられると、「自分にはこの世界に存在する価値がない」

と言う核が心の真ん中に出来上がってしまいます。

自殺を選択するきっかけは、いじめだけではなくいろいろあると思いますが、

いじめられしまう子供たちの多くは、自分自身を信じられない、愛を知らない、

自分を愛せない子供たちが多いような気がします。

その多くの原因はその親に責任があるようにも思っています。

今年もまた多くの貴重な宝物たちが逝ってしまいました。

悔しいことです。



あの目のままだね

写真や外出先で私をいじめていた人たちを見かける。

「立派な服装や、地位に就いていても、あの頃と同じ目つきだな。」

「経済的には恵まれているのかもしれないけど、人として不幸だよね。」

「以前は見かけるとびくびくしていたけど、今は哀れになるよ。」

「みんなしわくちゃのおじさんやおばさんだもんね。」

「こんな奴らに怯えていたのかと思うと、ばからしくなる。」

「いじめた人間は人として成長できないんだな。」

そんな思いが私の中にこみ上げてきた。

私はいじめられた人間だけど、人としてしっかり自分に向き合って、

自分自身を変えてきた。

私の目は、きっと輝いているはずだ。 
プロフィール

かすみ

Author:かすみ
ヤフブロから引っ越してきました。

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