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混乱中

カウンセリングの数日前から

別人格の記憶と思われるものが、わきだしてきていて、

頭の中が混乱していた。

そのストレスが胃のあたりにわだかまっていて、気持ちが悪かった。

カウンセリングのワークで吐き出した。

カウンセリングの時には「別人格の記憶」について話すつもりはなかった。

そこで吐き出したら「その」衝撃に耐えられないと思っていた。

ワーク中、カウンセラーの誘導で言葉にして吐き出してしまった。

意外と冷静だった。

でも、今日になって混乱はさらに激しさを増している。

別人格の人格統合が始まって、欠落していた記憶がすべて私の中に

流れ込んでくるのかもしれない。

自分の知らない自分。 ありえない行動。 

自分のことを好きになろうと努力している矢先に、あんまりだと思う。

人格統合は、もう乖離する必要がなくなったから始まったのか。

それとも事実を受け入れる力が私に備わったからなのか。

原因や理由はわかないけど、私に「それ」を受け入れられるだろうか。

混乱と不安で押しつぶされそうだ。

なりすまし

多重人格(乖離性同一性障害)になりすまし、

自分の変身願望を満たしている人がいるらしい。

「かっこいいから」「違う人格を演じる快感」

そんなことが動機らしい。

ものすごくムカついた。

乖離している間の恐怖感を知らないから、そんな軽率なことが言えるんだと思う。

自分の知らないところで別人格のしたことで誤解される辛さは、

経験したものにしかわからないと思う。

「そんなことして他人に迷惑をかけたらどうするんだ。」という問いに、

「別人格がしたこと、私は知らない。それに法に触れるわけではないんだから

 問題ない。」と答えケロッとしている。

「なりすましじゃなくて、本当の多重人格になりたい。だって何しても

 言い逃れができるもん。」と言うバカもいる始末。

いまこの病に効く薬はない。

臨床も決め手を欠いている、難病と言っていいと思う。

私もこの症状に苦しめられ、何年も闘ってきた。

やっと別人格を受け入れ、少しづつではあるが人格統合が始まる

ところまでこぎつけた。

それをファッションかアクセサリーと同じように扱われることに

本当に腹が立つ。

レシピノートのまとめ

レシピの走り書きのメモや、新聞や雑誌の切り抜き、ネット検索のコピーなど

未整理のレシピが大量にたまっていた。

以前は定期的にレシピのノートに清書したり必要な部分を張りつけて、まとめていた。

しばらくほったらかしで「うわー すごい量だな。 少しづつやれるときにやろう。」と思い

とりあえずいらないものだけ捨てようと仕分けをしていた。

気付くと何やらノートに書いているような感じがした。

視界はないのだが、確実に何かを書いている感じだった。

覚醒した時、2時間ほど経過していた。

そしてレシピノートがきれいにまとまっていて、不必要になったメモの束は捨てられていた。

ノートの筆跡が明らかに違っていた。

今の私には、2時間も机に座って書き物など到底できない。

別人格の仕事だった。

本来なら自分でしなくてはならないことを、してもらった申し訳なさと同時に、

助けてもらったという感謝の気持ちがあった。

何とも不思議な時間だった。


受け入れがたいもの

記憶のよみがえりが起きている。

忘れていた記憶と言うより、全く覚えのないものも含まれている。

高校生以前から解離性同一性障害の疑いがあり、別人格が私の過去の時間の中で、

私として行動していた。

その別人格の記憶が欠落していた部分として、これからつながっていくんだろうなと言う思いとともに、

思い出したくない、受け入れがたい記憶も出てくるはずだ。

特にSEXや性虐待に関わる記憶は、苦痛を伴う。


「あるがままでいい。」

「あるがままの感情を受け入れよう。」

「あなたは、あなたにしかなれない。」

これらの言葉は、自己肯定感を高め、自分自身を好きになり、自信を取り戻していくための

お題目のようなものだと思う。

そのためには、過去の出来事トラウマも含め自分自身に起こった事実を、

「認め、感じ、受け入れていく」作業が不可欠になる。


認めるためには、その記憶が戻る必要がある。

そしてそれがつながり、一つのストーリーになる必要がある。

このストーリー化は重要なことらしく、精神科の医師にもカウンセラーの先生にもよく言われた。

そして、いいことも悪いことも、屈辱も、恥も、苦痛も、憎悪も、自分自身の感情で感じる。

深く深く深く慟哭するまで、嘆き悲しみ、涙を流すことが大切だ。

そして、それらすべてを受け入れていく。

なぜそうなったのか、何が原因か、誰が悪かったのか、すべてのことを分析し、客観的に理解していく。

そこを生き抜いた自分を褒めたたえ、自分自身を受け入れることも含まれる。



私はここ数年、この「認め、感じ、受け入れる」作業をひたすら繰り返している。

そして、少しづつ自我が育ち始めてきたことを感じている。

年頭にも今年の目標として掲げたが、未来に向かう段階にまで進むことができた。

これからは、過去を清算する作業を続けながら、自分自身の生き方を探していくつもりだ。

そして「私にしかなれない、私になる」つもりだ。


あんたとなんか付き合わない

高校生になって、ある同級生の男子と言葉を交わすようになり、

勉強を教えあうような関係になった。

春休み 彼の家で一緒に勉強することになり、初めて二人きりになった。

すると彼は豹変して、乱暴な言葉と強い力でSEXを迫ってきた。

激しく抵抗した私の態度に焦った彼は、さらに強引に乱暴になった。

私は身の危険を感じた。「殺されるかも・・」

その後の記憶がなく、気が付くと自転車で家に向かっていた。

そして昨日思い出したのだが、新学期になり間もなく私はその彼に電話していた。

「もうあんたなんかと付き合わない。他の男子の方が面白いし、楽しいもん。」

そう言って一方的に電話を切った。

いつもの私の口調ではなかったし、絶対に自分では言わない言葉だった。

それに他の男子って誰のことって思いもあった。

これではっきりした。

私は高校生の頃から乖離し、別人格があらわれていた。

今回突然この記憶が出てきたのは、「DV元旦那のことを二人で協力しよう」と

言ってきた別人格が私と一緒になろうとしているからかもしれない。

これから抜け落ちていた記憶がいろいろ戻ってくるかもしれない。

私はいったいいつから乖離するようになっていたんだろう。

そして別人格はいつから私の中にできたんだろうか。
プロフィール

かすみ

Author:かすみ
ヤフブロから引っ越してきました。

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