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図書館

「また図書館にいてみよう。」
以前はよく行っていた図書館に行ってみました。
チビ太が背中を押してくれました。
DV関係の問題が浮上してからは、
図書館に行けなくなっていました。
平日の午前中だったので、館内に人はそれ程
いませんでした。  が、
やっぱり駄目でした。
気分が悪くなり、早々に退散しました。
帰宅してからも調子は悪いままでした。
すくなからず、ショックでした。
少し無謀だったかもしれません。
でもあきらめません。
また挑戦したいと思います。
きっとチビ太も応援してくれるはずです。

乗り越えられたかな

チビ太を喪ってから夢の中にいるような
感じが続いていました。
眠気も食欲も疲労感も感じませんでした。
チビ太の遺骨を見ることができませんでした。
チビ太の死が原因だと自覚していました。
でもどうすることもできませんでした。
じっとしているとチビ太のことを思い出してしまいそうで、
それが怖くて、やらなくてもいいような片付けや、家事を
やり続けました。
「このままじゃいけない。
チビ太だって悲しむ。
チビ太の死と向き合わなくては。」
そう思いました。
とても辛い作業でしたが、自分自身と向き合うことは
今までいやというほど経験してきたので、
少しづつですがその効果が出てきました。
チビ太の死から10日ほどたったころ、夢の中の状態から
戻り始めました。
今自分はどこにいて、何をしているのか知覚出来てきました。
16日の日曜日 仏壇が届いたので遺骨を移し、
祭壇を設置して思い出の品や、お菓子を並べました。
チビ太の写真をプリントし、パネルに飾りました。
まだ完全ではありませんが、チビ太は逝ってしまった。
天国から私を見守っていてくれる。
そんなふうに思えるようになりました。
同時に疲労感や、体の痛みを感じるようになりました。
まだ悲しみはありません。
眠気も戻ってきません。
きっとそれも徐々にやって来てくれると思っています。

スケープゴート

私は人生の大半を「スケープゴート」として生きてきた。
実家の家族の中、学校のクラスの中、会社でも
どんな時も、まったく関係のないときでも、
私が犯人であり、災いの源だと言われた。
そう思いこまされ、暴力により生け贄にされ続けてきた。
「そんなはずはない。そんなのいいがかりだ。」
頭ではそう思っていても、自分から言うことはできなかったし、
言ったとしても誰もそれを認めてはくれなかった。
私の味方は、誰もいなかった。一人もいなかった。
生存し続けるため、自分の感情を封印し、そんな仕打ちを
受け入れ続けた。    50年以上も・・・・・。
そして今、自分を取り戻し感情も戻ってきた。
50年分の口惜しさが私を包んでいる。
あとからあとから湧いてくる。
こんな仕打ちを、こんな理不尽な行いを、こんなひどい言葉を、
私は耐え続けてきたんだ。
よくがんばったね。 よく生き残ったね。
自分自身に最大の感謝をあげたい。

道しるべ

C-PTSD と診断されて15年。
最初に行った精神科でそう言われました。
毎日のようにフラッシュバックやパニック発作に襲われ、
悪夢も毎日のように見ました。
暗闇の中、険しい山や谷をどこまでも歩いていくものでした。
そんな悪夢の中に、腕時計をした男性が現れました。
顔や体形ははっきりしないのですが、その腕時計が光を
放っていました。
その後も険しい道を進む悪夢が続きましたが、はるか彼方に
小さな光が灯っていることに気が付きました。
すぐ、その男性の腕時計だとわかりました。
その光は、「ここまでおいで。いつまでも待っているから。」
そう私に語りかけてくれました。
主治医が、「今の旦那様ではないでしょうか。」と言っていました。
私もそう確信しました。
15年間 逃げ出しそうになることは何度となくありましたが、
やっとその光にたどり着いた気がします。
その間、いつもその光はそこにあって、私を見守り続けてくれました。
こんなに長い時間がかかるとは思ってもいませんでした。
本当に本当にありがとう。

無償の愛

年末から年始にかけて、猫のチビ太が弱ってしまって、
餌も、水も受け付けなくなってしまいました。
病院に行ってもその日は点滴で、元気になるのですが、
もう次の日には同じ症状になってしまいました。
無理に食べさせたり飲ませたりしてもすぐに吐いてしまって、
よけいに弱っていくような感じでした。
旦那と二人で、「覚悟しないとね。」と話していました。
それからはチビ太が食べても食べなくてもいつも通りの餌や、
水を置くようにして、チビ太に任せることにしました。
あと、私がチビ太のそばについているようにしました。
チビ太がコタツで寝ていれば、その横で一緒に寝ました。
チビ太がヒーターの前を動かなければ、私もそこで本を読んでいました。
ただチビ太のことを思い、ただ寄り添っていました。
するとどうでしょう。だんだん餌を食べ、水を飲めるようになってきました。
病院にいかず、薬も与えませんでした。
チビ太の生命力を信じて、ただ傍にいただけなのに、
元気が出てきたのです。
以前のように活発には動けないようですが、少なくとも
自分で階段を登ったり下りたりできるようになりました。
(弱っていた時は私が抱っこして2階の寝どこまで運んでいました。)
私はただ傍にいただけなのに、「どうして?」と思いました。
「私の存在がチビ太を死神から取り戻したの?」
旦那が「かすみはいてくれるだけで、価値があるんだよ。」とよく言ってくれる。
今回の出来事は、その言葉を実感させてくれた。
旦那に話すと。
「ただチビ太のことを思いやって、そばにいること。」
「それがかすみの価値だし、それが無償の愛と呼ばれるものなんだ。」
と話してくれた。
私は無償の愛を知らない。親から愛されたことがなかったから。
でも、いつの間にか私の存在がチビ太にとって無償の愛になっていた。
その力が、その愛が、チビ太を現世に引き留めた。
私は今こうして生きているだけで、価値ある存在なんだと思えた。
プロフィール

かすみ

Author:かすみ
ヤフブロから引っ越してきました。

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